ほろすけブログ

ほろすけ的に「こうやって考えると楽になるかも」って考え方のご紹介☆

自分は主役じゃなくていい。スラダン名言から学ぶ引き立て役の重要性

突然ですが、筆者は大のスラムダンク好きです。
何回読んだか、最早あらすじもほとんどの名言やその流れも
頭の中に入っているほどです。


もちろん、あれほどの名作なので、そんな人は世の中に五万といるかと思います。


そんな中、一時期流行っていたのが「スラムダンクキャラ診断」。

今でも検索をかけるとトップに出て来ます。


本題から少々脱線しますが、久々にやってみようと思い診断。
ちなみに前回は「赤木キャプテン」でした。
これは筆者にとってかなり嬉しい結果であり、今日までそれを支えに
生きてきた、と言っても過言ではありません。


さて、気になる(?)本日の診断結果は…


「宮益義範」

 

でした!!!

 

(やり直さなきゃ良かった、正直)


この名前ですぐにピンときた人、あなたも中々のスラダンファンですね?

 

「なめんなよ、海南のユニフォームを勝ち取った男だぞ(ガシッ)」と
牧に言わしめた、陰の努力家な選手です。


さて、筆者のどうでもいい今回の診断結果はさておき、
赤木キャプテンだった時代に遡って表題の件についてお話しします。


陰の存在としての重要性

 光があれば、陰がある。
恐らく多くの方が、輝かしい生活を送っている芸能人やお金持ち、
スポーツ選手などに憧れて、いつか自分もこんな脚光を浴びたい、と夢見て
様々な活動をされていたり、裕福な暮らしを夢見ているのではないでしょうか。


もちろん、「自分はひっそり静かに暮らす派」「必要最低限で充分」という方も
同様に多いかと思います。


筆者はかつて、前者でした。


理由として、心理的には以下のようなものがあったと自分の中で推測しています。
・劣等感が強く、自信が無い
・人から認めてもらいたい、そうすることで自信を持ちたい、安心したい
・自尊心が強い
・正義感が強い
・完璧主義


etc…主にこんなところだと思います。


しかし、社会経験を積むうちに、徐々に失われていく自信。
バキバキに打ち砕かれる自尊心。


「生まれてきてごめんなさい」「お母様、折角産んでくれたのに、こんな私でごめんなさい」と号泣したことは数知れず。

自分がいかにダメな人間か、大したことがない存在か
若さと未熟であるが故に、完全に受け入れるまでには相当な年月を要しました。


しかしこんな筆者でも、「陰の存在で良いんだ」と思える瞬間がやってきました。
そうなった経緯は筆者の場合「絵を描くこと」を通じてでしたが、
それを語り始めるとまた横道に逸れまくりそうなので
それはそれで別の記事としてアップしようと思います。


さておき、そうなった今では、これまでの辛さが嘘だったかのように
「生きているだけ」で毎日が幸せで溢れ、日常がこんなにも美しいものだと気づき
周りの人やこれまでのできごと、全てに感謝できるようになりました。


人から認められたい自分を自分から解放し、ありのままを受け入れる

さて、表題の件ですが、これは湘北が最強山王と試合した時の出来事です。
(※ネタバレ注意のため、以下敢えて多めに改行します)

 


相手チームのスーパー有能プレイヤーである河田と対峙した際の赤木キャプテン。
相手がすごすぎて、意識しすぎて自分と周りが見えなくなってしまった瞬間に
「赤木らしくプレーすること」のヒントとして魚住がくれたのがこのプレゼント(?)。


大根のかつらむき


でしたね!


あんな演出をするなんて、どれだけ粋なんでしょう。
駆逐の名作はやはり違いますね!


そんな魚住に対して「意味不明」と不審がっている周囲とは違い
即座に意図を察した安西監督。


「かつらむきを細く切ると刺身の“つま”ができるでしょう。
 引き立て役です」
「・・・!!」


そしてようやく自分を取り戻した赤木キャプテン。

優れたプレーができるチームメイトが沢山いる。
彼らのためにできることをするのが自分らしいプレーである。


「恐らく現段階で俺は河田に負ける。だが…


(ゴゴゴゴゴゴ)←燃え上がる闘魂


 湘北は負けんぞ…」


ああ、こうして書いているだけでも鳥肌が立つなんて…
名作ってなんてすごいんでしょう。(感涙)


まとめ


陰があるから光が引き立つ。


お日様の光の中を歩くのがどれだけ気持ち良いかよくわかっていても、
特に夏場なんかは陰の存在なくしては生きてはいけません。


そんな解釈が世間的に正しいかどうかはさておき、筆者は「陰の存在」として
光を引き立てられるよう、これからも自分の役割を追究していく所存にございます。


今日からは宮益として(涙)!!